2023年4月。ビザンティン建築を見に行きました。ずっと行きたくて保留にしていた、バルカン半島の国・セルビア正教の修道院を、建築様式別にじっくり網羅的に攻めていきたいと思います。
目次
- バルカン半島にビザンティン教会を見に行こう
- 分類①ラシュカ様式(ロマネスクっぽいビザンティン建築)
- 分類②セルビア-ビザンティン様式(これぞビザンティン!という建築)
- 分類③モラヴァ様式(Like a Bonbonnière)
- セルビアの修道院マップ
バルカン半島にビザンティン教会を見に行こう
久しぶりのブログ更新。ビザンティン教会建築大好き人間です。
ギリシャを中心にビザンティン建築を見てきたけれど、バルカンエリアはまだまだ未踏。。。ということで、中世セルビアのビザンティン教会建築を見に行くことにしました。
地域的に西のローマと東のビザンツに挟まれる格好のバルカン半島は、ギリシャ正教の総本山にして大国、ビザンツ帝国の教会建築を引き継ぎつつも、西ヨーロッパの影響もあるなど、個性的な教会建築がたくさん建てられています。教会建築好きにとっては見過ごせない、なかなかの面白エリア。
このエリアで、中世セルビア王国は建国の最初からビザンツ帝国の宗教、Orthodox(正教会)の国でした。建国までのバルカン半島中世史をかいつまんでみると、以下のような感じです。
・600年頃、バルカン半島全体をスラブ民族が制圧。(ただし、この時代この民族はまだ建築技術を持たず、高度な政治組織もなかった。)
・680年頃、トルコ系のブルガール人が現在のブルガリアにあたる地域に進出し、ブルガリア・ハン国を建国。周辺国との戦争で領土を拡大。
・800年代にはブルガリアがビザンツ帝国の重大な脅威となり、また、同時期にロシアが建国され、こちらもビザンツ帝国を攻撃するように。
バルカン半島各地で聖人としてあがめられている、有名な聖キュリロスと聖メトディオスの宣教活動はこの時代です。
・1000年代にはセルビア人全域(この頃はセルビア人は複数の部族だった)でキリスト教を受け入れる。部族がまとまり、セルビア王国が建国。
・1166年にステファン・ネマニャが王位につき、ネマニッチ朝開始。
セルビア正教会の名建築は、このネマニッチ朝以降に作られたものになります。
ところで、「Byzantine Architecture(シリルマンゴー著)」という古い本があります。ずっと前から持っていたけど、億劫でちゃんと読んでいなかったのですが、今回セルビアに行くにあたって、Deep L 翻訳とChatGPTを使って読んでみました。
Amazon.co.jp: Byzantine Architecture : Mango, Cyril: 洋書
感想・・・もっと昔からちゃんと読んでおけばよかった。これまでネットやウィキペディアや日本語の本などで断片的に集めていた情報が、整理され詳しく記述されており、すとんと落ちてきます。好きな方には是非お勧め。(ただし40年以上前の出版なので、背景考察や建築年代などの情報は古いかもしれません。)
この本によると、セルビアの正教会建築はその建築年代や様式などによって、3つに分類されるのだそうです。
以下で、自分が見たいと思うセルビアの修道院を、様式別に列挙したいと思います。
分類①ラシュカ様式(ロマネスクっぽいビザンティン建築)
Rascia (Raška)様式、ラシア(ラシュカ)様式とは、1170 年から 1282 年までのステファン・ネマニャとその後継者時代のものになります。帝国の宗教である正教徒だったステファン・ネマニャは、当然、ビザンツ帝国の影響を受けている一方、交易などの経済活動ではアドリア海沿岸都市、西ヨーロッパ(カトリック)人との結びつきが強かった。こうした背景から生まれたのが、西のロマネスク様式の影響が大きいビザンティン建築、ラシュカ様式です。
代表的なラシュカ様式建築を、なるべく年代順に並べると以下のとおり。
クルシュムリヤの聖ニコライ教会
Monastery of St. Nicholas, Kuršumlija - Wikipedia
1166 年頃の建築。
ジュルジェヴィ・ストゥポヴィ修道院
Djurdjevi Stupovi Monastery | Serbia Incoming™ DMC
1170年頃の建築。世界遺産です。
ストゥデニツァ修道院
Studenica monastery (Manastir Studenica) - by Pudelek - Studenica Monastery - Wikipedia
1190 年頃の建築。世界遺産です。
ジチャ修道院
1207-1217年頃の建築。
ミレシェヴァ修道院
Mileševa Monastery - Wikipedia
1236年頃の建築。内部のフレスコ画が有名。
ソポチャニ修道院
Stari Ras and Sopoćani - Gallery - UNESCO World Heritage Centre
1270 年頃の建築。世界遺産です。
グラダツ修道院
1282 年頃の建築。
アリリエの聖アキレリウス修道院
Church of St. Achillius, Arilje - Wikipedia
1296 年~1307年頃の建築。
なお、ラシュカ様式の最高傑作が、コソボにあるデチャニ修道院。ずっと前に観光済みなので今回の旅では行きませんが、白くて端正な教会です。1320 年頃の建築。
この建築では、ぱっと見ビザンティン要素はほとんど見当たりません。ドームが特徴的かな?というくらい。イタリア北部らへんのロマネスク、ロンゴバルト様式みたいです。1100年代に建てられたクルシュムリヤの教会から追っていくと、ビザンティンっぽさがだんだん薄くなり、西ヨーロッパ風に塔がだんだん高くなったり、端正になっていく変遷が見えて面白いです。
分類②セルビア-ビザンティン様式(これぞビザンティン!という建築)
セルビア-ビザンティン様式は、セルビア王国がバルカン半島南部に勢力を拡大した時代、ステファン・ウロシュ2世ミルティンとステファン・ドゥシャンの華々しい時代(1282~1355)のものです。
まず、ミルティンがビザンツ皇帝の娘と結婚したことで、セルビア王国宮廷でのビザンティン化がより高まったこと。また、1345年にドゥシャンがマケドニアを征服した後、「セルビア・ギリシャ皇帝」の称号を得て、自らの総主教座を創設したこと。これらが背景にあり、この時代の教会建築はよりビザンティン志向、よりコンスタンティノープルの建築に類似したものになったのだそうです。
ただし、この様式の主な教会は全部、現在のセルビア外に立地しているため、今回の旅では対象外。Byzantine Architectureでは、ミルティン治世時の重要な建築として以下の4教会が紹介されていました。
・プリズレンの聖母リェヴィシュカ教会(コソボ)
Prizren, Serbian Constantinople - Serbia.com
・スタロ・ナゴリチノの聖ジョルジュ教会(北マケドニア)
Church of St. George, Staro Nagoričane - Wikipedia
Chilandari Monastery (Athos) - OrthodoxWiki
ラシュカ派の建築と比べるとだいぶビザンティン味が強調されていて、個人的にはこちらの様の方が断然好み。グラチャニツァ修道院はいつ見てもため息の出る美しさです。(自分のビザンティン建築大好き趣味はグラチャニツァ修道院を見たことから始まってます)
分類③モラヴァ様式(Like a Bonbonnière)
ステファン・ドゥシャンの死後、セルビア王国はトルコ人の進撃に受け、1371年にネマニッチ王朝は滅亡。トルコの属国となったセルビア時代ですが、北部のモラヴァ川流域は繁栄していたようです。この時代、ラザール王子とステファン・ラザレヴィチ治世の建築がモラヴァ様式です。セルビア-ビザンティン様式を引き継いでいますが、外壁に彫刻やバラ窓などの装飾がふんだんに施されていることが特徴。
装飾の施されたモラヴァ様式建築は、Byzantine Architectureにて「like a bonbonnière」と書かれるほど。ボンボニエールのような、つまりキャンディボックス(綺麗にラッピングされたお菓子の詰め合わせ)のような、という修飾語がつくほどの装飾過多のかわいらしさなのです。
ラヴァニツァ修道院
1375–1377年頃の建築。ナルテックスは後の時代に追加されたものなのでしょう。おそらく。
ラザリツァ教会
Lazarica – Crkva Svetog Prvomučenika Stefana
1378年頃の建築。
ナウパレ修道院
Manastir Naupara (panacomp.net)
1391年頃の建築。
リュボスティンヤ修道院
1388年から1405年の建築。
カレニッチ修道院
Monastery Kalenić: Church: The Church and Monastery Complex (blagofund.org)
1407-1413年頃の建築。
マナシヤ修道院
Monastery Manasija (blagofund.org)
1406–1418年頃の建築。
これらの教会に共通するボンボニエール感とは、バラ窓、レンガの市松模様、壁の土管様のモールディング、ほとんどレース編みのような細かい装飾・・・。Byzantine Architectureによると、これらの装飾彫刻の起源はよくわかっていないのだそうです。東洋、アルメニアやジョージア起源のようだと説明されていましたが、40年前の本なので、もしかしたら今ではある程度分かっているのかもしれません。
セルビアの修道院マップ
中世セルビアの教会建築は、セルビア南部に散らばっています。
今回の旅行は日程を十分確保できたので、チェックした全ての教会を全部見に行くことにしました。詳しい旅程と訪問予定教会は次の記事で。
(続く)
≪セルビア旅行計画≫
- ストゥデニツァ修道院・ジチャの修道院・グラダツ修道院
- ペトロヴァ教会・ジュルジェヴィ・ストゥポヴィ修道院・ソポチャニ修道院
- アリリエの聖アキレリウス修道院・ミレシェヴァ修道院
- リュボスティンヤ修道院・カレニッチ修道院・ラザリツァ教会
- ナウパレ修道院・聖ニコライ聖堂・セルビアの東武ワールドスクウェア
- ラヴァニツァ修道院・マナシヤ修道院+旧ユーゴ時代のSpomenik
- ベオグラード観光①・あてどなく街歩き編。夜食も食べる
- ベオグラード観光②・定番観光地編。夜カフェも行く
- ベオグラード観光③・最終日、博物館編。
- ベオグラードのビザンティン・リバイバル建築巡り
- 聖サヴァ大聖堂の教会モザイクを実物と比べてみる