超個人的★ヨーロッパ旅行のHow To

ヨーロッパに住んでいる旅行好きです。バックパッカーやキャンプなどはしません(できません)・・・。公共交通機関ばかり利用してきた、これまでの個人旅行記録と旅のHow To。

雑感:ベルリンから30分。フリードリヒ・ヴィルヘルム1世(兵隊王)の、トンでもエピソードを目の当たりにする

ベルリンから30分、ケーニヒス・ヴスターハウゼンの旅行記です。

目次

強烈キャラクター、兵隊王ことフリードリヒ・ヴィルヘルム1世

18世紀のプロイセン王国の2代目の王、フリードリヒ・ヴィルヘルム1世という人物をご存じですか。またの呼び名は兵隊王。

この人がどんな強烈なキャラクターだったかは、ウィキペディアで知ることができます。

フリードリヒ・ヴィルヘルム1世の治世には非常に多くの細かい勅令や指令が下され、王はいちいち臣下の生活に干渉した。

勅令は例えば「市場にて商いをする物売り女たちは、暇なとき無駄話をする代わりに糸を紡ぐべし」というようなもの

しばしば王みずから勅令が守られているかどうかを視察し、違反者は容赦なく杖で打たれた。

あまりの恐ろしさに、違反を犯していないものでも王の姿を見ると逃げ出したと言われており、なぜ逃げたかと問われて「王が恐ろしいので」と言う男に王は「お前たちは私を好きになるんだ!」と打ちのめした

 とか、こんな感じ。他にも、兵隊王の息子の親友を処刑してます。

王太子フリードリヒの逃亡未遂を手助けしたハンス・ヘルマン・フォン・カッテの裁判を巡っては無期懲役の判決を不服として控訴し、「この世からカッテが1人消えるか司法が消えるかどちらが良いか」と判事を脅迫して死刑判決を出させた。

 王太子の親友カッテはこのあと、王太子の目の前で処刑されます。

さらに、

また王のもう1つの特徴として非常な吝嗇が挙げられ、その宮廷の料理の質素なことに外国の使節はしばしば驚愕した。

この時代につきものの外交的接待については、ある時「6千ターラーしか使ってはならぬが、3万から4万ターラーを使ったように見せかけよ」と訓示している

というように、ケチだったと。

「兵隊王」というあだ名の由来も同じページにあります。

王は長身の兵を偏愛し、そのような兵のみを選抜したポツダム巨人軍と呼ばれる近衛連隊を組織したことは有名である。

各地に出向いた徴兵官は誘拐や大金によって長身の壮男を募り、その中にはスコットランド人などもいたが、王はベルリンに専用の邸宅まで用意して兵士に与えたりした。

フリードリヒ・ヴィルヘルム1世 (プロイセン王) - Wikipedia

このように、ウィキペディアだけでも面白エピソードが満載なのです。

それから、この兵隊王が集めていた巨人の兵隊についてもウィキペディアがあるのですが、これも面白い。

巨人連隊 - Wikipedia

粗暴で無教養、文化・芸術を解さず、フランス嫌いで、狩猟と軍隊を好んだ王だったようです。

f:id:tabikichi:20190613071257j:plain

ただし、軍事以外の予算をがっつり削り、前王がすっからかんにした財政を建て直したところはすごいです。軍隊マニアとケチの賜物。

また、軍隊好きにも関わらず、戦争をほとんど行わなかった(=お金がかからなかった)ため、息子が王位を継ぐ際には潤沢な資産があったそうです。

他にも有名な逸話として、金の無駄だからと、自分のための宮殿を建てなかったり、同じく無駄だからと、宮廷楽団を解散したり、また、やっぱり無駄だから、と先代の王が集めた中国や日本の貴重な陶磁器コレクションをザクセン選定侯に売り払ったりしました。(この時、陶磁器の対価としてザクセンの兵隊600人を得ている。)

 

ちなみに・・・親友を目の前で処刑された息子がフリードリヒ2世として王位を継いだ際には、豪華なロココ調のサン・スーシ宮殿を建てたり、(そこには中国陶器がふんだんに飾られている。)ベルリンに宮廷歌劇場を作ったり(今のベルリン国立歌劇場)、父親とは対照的。文化・芸術・学問に造詣の深い人物で、ヴォルテールとも親交があったそうです。

また、戦争で領土を拡大・国力を増強し、国民にジャガイモを食料として広めたり、偉大な功績を遺したことから、のちに「フリードリヒ大王」と呼ばれています。歴史的にはこっちの方が有名。

f:id:tabikichi:20190613072205j:plain

自らフルートを吹くフリードリヒ大王

偉大なフリードリヒ大王の父で、強烈キャラクターのフリードリヒ・ヴィルヘルム1世。この人が狩猟の際に過ごした館が、ベルリンからわずか30分のところにあるというので行ってみました。

想像以上にとんでもないエピソード満載の館でした。


シュロス・ケーニヒス・ヴスターハウゼン

f:id:tabikichi:20190601101931j:plain

ベルリンミッテのフリードリヒシュトラーセの駅から30分。ケーニヒス・ヴスターハウゼンという駅が最寄り駅。この地に、シュロス・ケーニヒス・ヴスターハウゼンはあります。

f:id:tabikichi:20190601084014j:plain

ここは、兵隊王が10歳のときに父親からプレゼントされた館です。幼少の頃から狩猟が大好きだった兵隊王は、プロイセン王となった後も、8月から11月は家族を連れてこの館に住み、近くの森で狩猟を楽しんだとのこと。

見学はガイドと一緒じゃないとダメでした。また、写真を撮りたい場合は、入場料と別に料金がかかります。

ガイドの説明はドイツ語なのがハードルが高かった。でも、パンフレットは英語のものを借りれるので、何とか理解できました。

 

兵隊王は絵を描いていた!

f:id:tabikichi:20190601084053j:plain

まずびっくりしたのがこれ。

子供の頃から狩猟と兵隊が好きで、フランス的なものが嫌い、特にルイ14世が大嫌い、息子にはオペラや喜劇に近づかせないという教育方針を打ち出していた兵隊王ですが・・・肖像画を描いていました。上の写真は自画像です!

ただし、これは芸術的な趣味というものではなく、痛風(?)の痛みを紛らわすセラピーだったらしい。

f:id:tabikichi:20190601094913j:plain

f:id:tabikichi:20190601094916j:plain

部屋には兵隊王直筆のたくさんの肖像画が並んでました。

それから、所蔵していた偉大な画家たちの模写なんかもしてたようです。

f:id:tabikichi:20190601095014j:plain
f:id:tabikichi:20190601095016j:plain

左・レンブラントの模写、右・ラファエロの模写。

自分の母親の肖像画の模写も。

f:id:tabikichi:20190603072723j:plain
f:id:tabikichi:20190603072727j:plain

左が本職の画家による、兵隊王の母の肖像画。右が、それを手本にした兵隊王による模写。

ウィキペディアの兵隊集めのエピソードなんかを見た後に、この絵画シリーズを見ると、ちょっと笑えてきます。

 

兵士の肖像画は、カードゲーム感覚

f:id:tabikichi:20190601084130j:plain

兵士の顔がずらっと並んだ部屋。こちらは本職の画家によるものです。肖像画、というか身分証明書の写真のようです。ある兵士が死んだら、「死んだ兵隊」のエリアに掛け変えていたそう。なんか・・・手持ちのカードの入れ替えみたい。

 

タバココレギウム。そこで行われていた壮絶ないじり(パワハラ

f:id:tabikichi:20190601084244j:plain

こちらの部屋は、兵隊王が毎晩、臣下たちとタバコとビールをたしなみながら、政治問題などを議論していた部屋です。(実際は、高尚な議論の場というよりも男限定の飲み会という雰囲気だった模様。)タバココレギウム、英語ではタバコソサイエティ、と紹介されてました。タバコが吸えない部下も吸ってるフリをして参加しなければならなかったらしい。

タバココレギウムの様子がこちら。この部屋に飾られています。

f:id:tabikichi:20190601084320j:plain

やたら小さい人間がいますが、これは兵隊王の4人の子供のうちの3人。有名になるフリードリヒ王太子はこの中にはいません。当時、子供は「小さい人間」という認識だったそうです。

手前に座っているのがフリードリヒ・ヴィルヘルム1世、兵隊王です。

f:id:tabikichi:20190601090208j:plain

奥の方をよく見ると・・・ん?なんだこれ。ウサギがいる。

f:id:tabikichi:20190601090154j:plain

じつはこのウサギ、ドイツでは「臆病者」を表すのだそう。英語で言うところの「チキン」の意味。

兵隊王は、軍隊に行かなかった者を臆病者として徹底的にバカにしていたようです。なかでも、最もバカにされていたのが、歴史学者ヤコブパウル・グントリンクです。

手元の解説によるとこの学者、「Foolish Minister」と呼ばれていたのだそう。

実際には彼はフーリッシュどころか、高度な教育を受けており、外国の新聞を翻訳して兵隊王に説明したり、政治の議論に論理的な助言をしたりと、かなり頭脳派の人間でした。

しかし、このタバココレギウムの面々は、(兵隊王を筆頭に)彼をバカにして、嘲ることに心血を注いでいたようです。

もっと象徴的な絵が、この部屋の奥の方に飾られています。

f:id:tabikichi:20190720025200j:plain

真ん中の人物はグントリンクです。女性から靴で殴られてたり、ウサギがPOLITICAとかHISTORICAとかの本を書いている。軍隊に行かなかったインテリというだけで、こんな絵まで描かれてしまうとは。

このタバココレギウムでは、しばしばグントリンクを呼び出し、大酒を飲ませては、いろんな度を越したいたずらを仕掛けて楽しんでたみたいです。

あるときは寝室に爪と歯を抜いた熊2頭を放たれたとか。命には別状はなかったが、大ケガを負ったらしい。おそるべきパワハラ

この人は度重なる仕打ちに耐えかねて、何度か兵隊王の元から逃げ出したけど、その度に連れ戻されたそうです。

死んだ後も、遺体はワイン樽に入れられたらしい・・・死んだ後の扱いもひどい。

後になってからこの人のウィキペディアを見てみたところ、上記どころじゃ済まされない、兵隊王から受けたひどいパワハラエピソードがいっぱい書かれてました。

en.wikipedia.org

これを読むまで、兵隊王は多少エキセントリック、というくらいのイメージでしたが、正直、ドン引き。ちょっと紹介すると、

  • 幽霊について講演させた後、部屋に布を被った幽霊役を仕込んで悲鳴をあげさせた。
  • グントリンクが酔っ払ってる間に、彼のオフィスの鍵をコートごと切り取った。さらに鍵を無くした罰として90センチの木製の鍵を首から下げることを強要。
  • 服を着せた猿を「お前の息子」だとしてグントリンクに紹介し、キスとハグを強要。
  • 冬のさなか、自宅へ帰るグントリンクを4人の兵士たちが捕まえ、城のお濠の氷が割れるまで、何度も投げた。その様子を城の上階の窓から、タバココレギウムのメンバーたちが眺めて笑っていた。

いやもう・・・今なら1つでもパワハラ間違いなし、壮絶なイジメです。

ただし、グントリングはかなりの高給で、研究所の所長職を与えられたりなど、待遇は良かったらしい。

 

お土産ショップも充実

ということで、ケーニヒス・ヴスターハウゼンの館では、ウィキペディアだけじゃ知らなかった兵隊王の個性的なエピソードを知ることができます。思っていたより強烈でした。

お土産ショップではタバココレギウムの様子や、かわいそうなグントリンクのポストカード、巨人兵隊の栞やマグネットが買えますよ。

f:id:tabikichi:20190601095750j:plain

巨人兵隊のうち最長、217㎝の兵士。(最低188㎝以上が条件だったようです。)比較対象がないので、大きさがいまいちわからない。

兵隊王ファン必見の館でした。あと、外のカフェも美味しかったです。

f:id:tabikichi:20190601101217j:plain