超個人的★ヨーロッパ旅行のHow To

ヨーロッパに住んでいる旅行好きです。バックパッカーやキャンプなどはしません(できません)・・・。公共交通機関ばかり利用してきた、これまでの個人旅行記録と旅のHow To。

【バーリ旅行記】バーリ旧市街をぶらぶら

レッチェ、マテーラ、バーリの3都市観光の旅行記です。3日目はバーリ旧市街をぶらぶら。

(旅行計画)

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【レッチェ・マテーラ・バーリ】それぞれの街の観光ルートと、マテーラの洞窟礼拝堂の予約方法(丸3日間) - 超個人的★ヨーロッパ旅行のHow To

(前回の記事)

 

目次

 

バーリを散策

3日目は観光というより、散歩。港町の雰囲気の中をぶらぶら。

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旧市街では住人が道端でバーベキューをしてるところによく遭遇しました。

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サン・ニコラ聖堂と聖人二コラ

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サン・二コラという聖人は、奇跡を起こす偉大な聖人として有名な、ミュラ(小アジア南部。現トルコのアンタルヤ県、デムレ)の司教だった人です。

ロシア語ではニコライ、イタリア語では二コラ、ニッコロ、ドイツ語ではニコラウス。

もともと東方教会で人気の高かった人で、それからカトリックでも列聖されました。遺骨は当初ミュラにあったものですが、イスラム勢力に征服される混乱の中で、バーリの船乗りが持ち出し、1087年からバーリに安置されている。というのがWikipedia情報です。

民衆人気の高い聖人で、ロシア、ギリシャ、ハンザ諸国の守護聖人となり、都市ではフライブルクルツェルンリエージュ守護聖人になっていたとのこと。さらにさまざまな職業(子供、生徒、船乗り、パン屋、旅人、薬屋等々)の守護聖人でもあるようです。

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サンタクロースの元って言われてますが、どこにどういうつながりが??

調べてみると、

オランダ人が聖二コラのことを「シント・クラウス」と呼んでいた。

⇒渡米したオランダ人たちが、聖人にあやかって贈り物をする習慣を伝える

⇒シント・クラウスが英語風に訛ってサンタクロースになる

コカ・コーラの宣伝でイメージが固まる

ということのようです。

 

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ノルマン人の城とロマネスク

 旧市街の海沿いにある城塞は、今では博物館になっていて、カテドラルや近場の教会にあったロマネスク彫刻などを展示していました。

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カテドラルのバラ窓の周りにも、珍奇なロマネスク動物たちが囲っています。

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これらが展示されている彫刻たち。

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